
訪朝をスケープゴートにした支配階層の深い闇 2003.07.20
2002年9月3日。ヨハネスブルク地球環境サミット「持続可能な開発」における小泉首相の内外記者会見で、多くの国のプレスが参加する中、ただ一社だけ、テレビ朝日の記者が突然サミットの議題とは無関係な質問を行った(質問した本人もそれはわかっていて「関係のないことですが」と最初にことわって始めている)。小泉首相がその二週間後に訪問することになっている北朝鮮の”拉致事件”に関する質問であった。
国内の記者会見のようなものならともかく、テレビ朝日のその記者会見の”私物化”、あるいは乗っ取りのような行動は、異様であった。
(”拉致事件”を世界中のプレスに注目してもらおうとするアピールであったのではないかと良心的に考えようとするむきもあるかもしれない。しかし、テレビ朝日の記者のその行動は、日本国内向けのニュースにするためのパフォーマンスにすぎなかったと考えられる。何故なら、同首相の北朝鮮訪問では、日本政府と日本メディアは日本国内でやる「記者クラブ」のような体制を敷き、多くの外国のメディアなどが取材を阻まれ、その阻まれた彼らから苦情まで出されているのだから)
テレビ朝日と小泉首相との間には前もってその質問の打ち合わせが行われていたようだ。小泉首相は驚くふうもなく予定のように、淀みなく質問に答えていた。
訪朝は、或事件から日本の支配階層の崩壊を招く事態を防ぐためにも行われた。その或事件とは、テレビ朝日社員の連続婦女暴行事件である。
まずはメディア業界からの内部告発を三つほど。
※個人名は重要ではないと思われるのでイニシャルにとどめる。
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今のところO・J一人が捕まってるけど、暴行されたのはアイドルの卵が大半。その住所なんか中途入社でましてや営業のO・Jが知ることなぞ出来ない。
はっきり言おう。Viviaの関係者やテレ朝の制作スタッフがO・Jに住所のデータを奴のパソコンにメールして、連中はそれと引き換えに奴の「場面」収めたビデオテープ、またメモリースティックをもらって仲間内で「鑑賞」してた。
その中にはかなり上の管理職も混ざってる。
もし、何らかのきっかけでその証拠が外部に漏れたらテレ朝は崩壊する。なんたって社内でレイプビデオ鑑賞サークルが存在してるんだから。
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その前に、TV局員だけではありませんよ!レイプビデオはもぅ何十年も前から存在してますよ。最近では読売のドン、いや、マスメディア界のドンであるW・T爺が美人女優を暴力団へあっせんして、ビデオ収録して、政財界の娯楽接待に使われてるし。自民・民主、くせものですよ。こんな出来事は今に始まった訳ではありませんね。あの梶原一騎の遺作的文庫本で自分が抱いた人気女優たちの暴露文で言ってるとおりです。疲労とか入院とかいろいろあるでしょ、理由つけて休業宣言してる女優陣たちなんて餌食にされた後なんです。
ちなみに、○社も人膚ありそうですね。○子をメインにメディア広告するくらいだから、・・・あの女、覚醒剤常連者と同棲してたんでしょ。
メディアだけでなくスポンサーも腐ってきてますね。その事実を今では、各局こぞって触れようとはしない。人気タレントを抱えてるプロダクションへの取材拒否が恐いのではありません。日テレ・TBS・フジ・テレ朝、みんな同じ穴の狢なんです。
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O・Jの父親の兄弟は確か帝京大学文学部教授で旧郵政省のキーマン的審議委員だよ。
帝京沖永荘一総長のコネクション凄すぎ。
テレ朝に転職してきたのも叔父さんのコネ。
もしかしたら自分の生い立ちの政治的なコネクションを過信しすぎたのかもね。
大手マスコミ社員なんて、上流階級出の社交場で代議士の師弟、子女ごろごろしているしね。
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Viviaの役員には、「テレ朝の天皇」との異名をとり、女優に、「ドラマに出演させてやるから俺と寝ろ」と強要することで有名になったO氏が…。
次に、雑誌の記事から。
■■■■「創」2002年10月号■■■■■■■■■■■■■■■■■■
テレビ朝日元社員 「連続レイプ」容疑の衝撃
伊勢暁史(文)
当初は住居侵入容疑だったテレ朝営業マンの逮捕は大事件に発展。
何と都内の連続レイプ事件の容疑者として再逮捕されたという。
前代未聞のこの事件を、テレビ局側はどう受けとめたか。
当初は単なる住居侵入だけかと思われていたテレビ朝日元社員O・J容疑者(40歳)の事件ほどテレビ朝日社員を唖然とさせたものはあるまい。
テレビ朝日は過去、様々な問題で物議をかもしてきた。その一部を抜き書きしても、かつての椿貞良報道局長の発言問題、「ザ・スクープ」の中国臓器売買めぐる”ヤラセ”、ペルー大使館への突入取材、「ニュースステーション」の所沢ダイオキシン騒動……。しかし、これらは大きな問題とはいうものの、番組作りのうえでのものであって、まだ救われる部分や不祥事と一概に言えない要素も含んでいる。
ところが今回のO・J容疑者の事件はテレビ局社員が現職のときに引き起こした未曾有の不祥事なのだ。かつてTBS社員が起こした”のぞき”やフジテレビ社員による自殺などとは質的に違った様相さえ伺える。
O・J容疑者の事件の概要をもう一度振り返りながら、なぜテレビ局社員による不祥事が数多く引き起こされているのか、テレビ局がこの事件をどのように受け止めているのかを検証してみる。
容疑者逮捕に至るまで
今年5月4日早朝、東京・目黒区駒場のマンションの女性が住む一室に怪しげな男が侵入しようとした。そして見つけた住民の通報を受けた警察官が駆けつけたが、男は警察官を振り切って逃走した。
これがO・J容疑者だったのである。
「警視庁捜査一課は専従班を立ち上げて、被害者の証言や警官が顔を見ていたこともあって男の顔写真を作り、捜査を始めたんです。5月の終わりごろには目黒区祐天寺のマンシションに往んでいたO・Jに絞り込んで聞き込み調査を行っていました」(捜査関係者)
慎重な捜査の上、約2ヵ月近く後の6月28日、警視庁と渋谷署がO・J容疑者を「住居侵入の容疑」で逮捕する。
当初の事件が目黒区内で発生したものなのに、なぜ渋谷署がと思うのは当然だが、捜査陣は既に渋谷区内での連続女性暴行等の事件にからんでいると睨んでの捜査であり、逮捕だった。
「O・J容疑者は昨年、別の住居侵入で逮捕したとき(4日間の勾留)には『無職』で通し、不起訴処分になっていた。ところがその後ヤツの住む目黒区、渋谷区周辺で今年1月になってからも頻繁に若い女性の一人暮らしをねらった連続婦女暴行事件が発生していた。その重要容疑者がO・Jだった。内偵の段階でテレビ朝日に勤めているらしいということも分かったので、慎重に捜査を展開した」(前出・捜査関係者)
そして7月11日、今度は今年1月の渋谷区内での事件で再逮捕された。この事件は女性宅に押し入り、鍵や写真などを盗んだものだったが、連続婦女暴行事件の一端とも見られている。さらに同月27日、同じく1月に渋谷区の30代の女性役員宅に玄関から侵入、ナイフを突き付けてタイツで目隠しをして縛り、現金を奪ったうえに乱暴をした容疑で再々逮捕となったのである。
O・J容疑者のはっきりした容疑はここまでである。問題は数十、いや100件近いといわれる他の連続婦女暴行事件との関連であろう。
読者諸氏もご存じのように、この事件は6月28日の逮捕以来、過熱した報道が繰り返された。そして、台風一過。今は報道はさた止みになり、捜査関係者の口は極端に重くなっている。
そんな中で、捜査関係者を何人か当たってみたが、ほとんどが次のような説明であった。
「渋谷、目黒管内では1OO件近くの婦女暴行事件が起こっており、その中の20件ほどは既にO・J容疑者が自供している。ただこうした婦女暴行事件というのは、まず第一に被害者の陳述が曖昧であったり、指紋や精液のDNA鑑定が必要なため、簡単には片付かない。また被害者も職業などについては今は一切言えない。また100件近くのすべてがO・J容疑者によって引き起こされたものかどうかも言えない。今はそのツメの作業を進めている段階だ」とO・J容疑者の現況、その被害者の実態については話したがらない。
しかし、ここまでで明らかになった容疑が20件以上にも及んでいることから見て、並の容疑者ではないことが明らかだ。いや、むしろ他の事件の容疑も色濃く匂っている。
「被害者たちは犯行に際してO・J容疑者が鍔のついた帽子を目深く被って顔を隠したスタイルだったと証言している。これが他の連続婦女暴行事件の特徴でもある。その点から考えてもほとんどがO・Jの可能性がある。またタレントの卵や芸能人もいるのは間違いないと聞いています」(警視庁詰め記者)という話もあり、事件の複雑さを表している。
また、O・J容疑者が被害者の選定には念入りな下調べを行っていた疑いも出て来ている。
「少なくとも数カ月間で十数件の婦女暴行事件を起こすなんて通常では考えられない。ヤツが何らかの情報源をもっていたのではないか。つまり職業上で知りえた女性たちの住所、同居者の有無といったことがべースにあることも考えられます。一部ではコンビニで買うものを見て一人暮らしと憶測し、後をつけて確認した後、深夜に忍び込んで犯行に及んだという情報もありますが、むしろ捜査の焦点は動機と情報の入手方法という部分に向かっている」(同)
犯行の全容解明とともに、この部分は確かに重要である。そして「こうした危険な人間が、テレビ局という公共の電波媒体の中に紛れ込んでおり、営業セクションの所属とはいうものの、のうのうと仕事をしていたことに恐れを感じざるを得ない」と、この記者は言う。
つまり、この事件は全容の解明とともにまたまた大事件として登場し、その中ではテレビ局の体質そのものが問われるものになりそうなのだ。
問われるテレビ朝日の対応
「元テレビ朝日社員、連続レイプ事件!」の見出しが連日スポーツ紙や週刊誌に踊っている最中の6月末、同局の報道局幹部に会って、この事件について聞いた。
目的は東京スポーツに「テレビ朝日には証拠隠滅の恐れがある」とする部分があり、真実かどうか知りたかったのと、社としての謝罪の態度を一向にはっきりさせないことに苛立ちと無責任さを感じ、それをぶつけておきたかったからだ。
彼は「O・Jという人間がどういう人間かは全く知らない。むしろあの事件が報道されているのを読んで、唖然とした。しかし2000人近い人間がいるのだから、その一人一人が起こした事件をすべて会社の責任ということにはならない。ただ、逮捕直後の会見だけで終わらせず、キチンとした対応をとることは必要だと思う。でも、東京スポーツが書いた記事は報道のセクションにいるものとしてあり得ない。テレビ局が事件を取材するときはチームで動く。そのテープを隠したりすることはあり得ないこと」と断言した。
確かにスポーツ紙や週刊誌のオーバー・ランは目に余る部分もあった。この点については次の項で改めて触れるとして、テレビ局としての責任は、まさに彼が言った言葉の前段の都分、つまりキチンとした対応ができたかどうかなのだ。
その点を確かめるために、O・J容疑者の入社時についてまず見ておこう。
O・J容疑者は62年5月3日生まれ、南山大学を出て、広告代理店を2社渡り歩き、2000年6月にテレビ朝日に引き抜かれた。
テレビ朝日広報部は「300人の応募者の中から入社を決めた。面接と書類選考で」というが、テレビ朝日の現実的打算の産物だと見る人もいる。
「彼は神戸の素封家の息子。父親は大手の企業の役員を務めていたこともあって、経済界に知人が多い。その関係から大手クライアントとの取引をしている広告代理店に難無く入った。そこから外資系広告代理店(潟}ッキャンエリクソン)に移った後、テレビ朝日の途中入社制度を利用して入社した。テレビ朝日としては彼の才能よりもバックにある父親の筋に魅力を感じていたんだと思う。なにしろあそこは営業成績が悪い、何が何でも広告を取りたいということでの採用だったと聞いている」(広告代理店幹部)。
「エリート社員」などと書かれたりもしているが、むしろ親の力をバックにしての「坊ちゃん仕事」だったというのだが、昨年4月には、本体よりもさらに経営が悪化しているBS朝日(本社・渋谷区)の営業強化要員として出向していた。しかも逮捕直前には「課長待遇」という役職に昇進していた。
事件を「スクープ」したテレ朝ニュース
さらに、テレビ朝日の看板番組のひとつで夕方のニュース番組「スーパーJチャンネル」では4月30日などの放送で他局に先駆けて、この連続婦女暴行事件を”スクープ”報道していたのである。
そんな関係から「O・J逮捕」を知ると、即座に解雇した。よくいう”トカゲのシッポ切り”である。しかし、マスコミの取材攻勢には一貫して受け身に回った。受け身というよりも、もっぱら逃げ腰といわざるを得ない状態である。
本誌が6月末に取材をしたときも、「当社としては『住侵』の2件がはっきりした段階で懲戒解雇しています。その後、窃盗で再逮捕、さらに渋谷署管内の連続婦女暴行事件で再々逮捕となっていますが、まだ捜査中の事でもあり、事態の推移を見守っているところ」(広報部)と述べただけ。そして、その後も何回も取材を入れるが、「社としては現在、社員教育の見直し作業を含めて基本的なものを検討中」だというに止まっている。
言論機関としての責任
ところがこの一方で、テレビ朝日のトップは「人事局長通達」なるものを7月1日付けで出している。長くなるので全文は載せられないが、事件の責任についてはこう述べられている。
「会社としても、この事実を厳粛に受け止め、厳正に対処する必要があります」「公共の電波を預かる放送人として、また、視聴者からの信頼を何よりも第一義におくべきテレビ局の人間として、今回の行為は、当社の名誉と信用を著しく傷つけたにとどまらず、関係各方面に多大なご迷惑を及ぼす結果となり、この際、会社としても心からお詑びを申し上げなければなりません。言論機関に身を置くものとして、その与えられた役割の重要性を考えるとき、私たちは公私を問わず、一市民としてのモラル以上の倫理観が求められていることを、このようなかたちで意識しなくてはならないことは残念です」
テレビはいろいろな事件を報道している。特に金、女性、政治家がらみの問題については微に入り細を穿って報道している。現に自局の「スーパーJチャンネル」では『渋谷で連続暴行!オートロックヘの過信は禁物』と報道したではないか。ならばこの事件の詳細についても、捜査の進展とは別個にお得意の「検証報道」をやるべきだろうし、少なくとも社内での可能な限りの調査は進めるべきだ。そして、それを元にテレビ局としての謝罪を行うべきではないのか。
民放労連の役員の一人は「テレビ局員の不祥事が多発する背景には私たちが指摘するように”成果主義”、つまり視聴率や営業成績といった目先の利益追求のみに走るテレビ局トップの悪しき姿勢が横たわっている」というが、このような社員を雇用しているテレビ朝日にこそ、”悪しき成果主義の原型”が見えるのだ。
マスコミのオーバー・ランにも問題あり
最後になったが、この事件の報道もオウム真理教などと似通ったマスコミのオーバー・ランが突出したものであった。
その一つが前出した東京スポーツの記事である。ここには次のように書かれている。
「レイプ事件への関与疑惑が明るみになったのは再逮捕された今月11日だが、この10日間の間に、局内では”証拠隠滅”が行われたようだ。『うちでオンエアーした番組テープは社内ライブラリーに保管されているんですが、スーパーJの4月30日放送分テープから、連続暴行事件の箇所だけカットされているんです。6月6日にもこの事件を取り上げてますか、そこからもカットされてます。事件関係先の住所や住人データなども、もう処分されたみたいです」(テレビ朝日関係者)……(略)」というのである。
もし、これが事実なら放送事業者として重大問題である。この問題は捨て置けないとして確かめたのだが、前に書いているように信頼できる報道局幹部は確信をもって否定した。
テレビ局のシステム・機能(たとえ放送分から削除しただけでは隠しきれない)からみても、多分かなりのオーバー・トークと受け取れる。
これに限らず「私は連続暴行魔のテレビ朝日社員にレイプされた」(『週刊新潮)などや「美形モデルを狙ったテレビ朝日社員”連続婦女暴行疑惑”」(『週刊文春』)なども謳い文句は華々しいが、記事を読んでも暴行された人物を押さえたものとは見えにくい。むしろ捜査関係者からの取材で浮かび上がった被害者像を元にしたものに過ぎない。
不思議なことに、この事件に対する追求は7月の末にピタリと止む。
「週刊誌の報道があまりにきついので、捜査関係者がびびり出したんですよ。それまでいろいろと捜査情報が流れていたのにぴたっと止まってしまった。それに芸能人がいるとか、タレントの誰々が被害者だといった憶測情報が飛び回ったりするので捜査本部でもリーク自粛措置を取り始めたんです」(警視庁詰め記者)
日本のマスコミの一過性は今に始まったことではないが、これではまったく羊頭狗肉といわざるを得ない。むしろこれからが、この事件の本質(O・J容疑者が何故、このような狂気の事件に走ったのか、そしてテレビ局社員としての位置がどういう役割をもっていたのか)を見極めるべきではないのか。そうしなければ、今後またまたテレビ局社員の不祥事は飛び出しかねない。
■■■■「週刊アサヒ芸能」2002年11月7日号■■■■■■■■■■■■■■■■
テレ朝「レイプ局員」裁判でわかった卑劣手口
「舌を出せ!」と目隠しフェラを強要
「いつも男にやっているように舐めろ!」。今年6月、強盗、婦女暴行などの容疑で逮捕された元テレビ朝日社員O・J被告(40)のおぞましい犯行が、裁判で明らかになった。しかし、当のO・J被告は法廷で不敵な沈黙を決め込んでいた。
10月22日午前、東京地裁で開かれたこの事件の第2回公判。検察側が読み上げた冒頭陳述は、極悪非道な凌辱行為の一部始終を明らかにした。
検察によれば、今年3月9日早朝、渋谷区内のマンションに住む女性宅に侵入したO・J被告は、まず室内を物色し、現金6万5000円と携帯電話などを盗んだ。次いで、パジャマ姿で就寝中の被害者・A子さん(32)に襲いかかったのだ。社会部記者が語る。
「被告はまずA子さんの上に布団をかぶせ、『静かにしろ。動くと殺すぞ』と一喝。ストッキングで目隠しし、両手を縛り上げたうえで、犯行に及んだ。その際、A子さんの顔を舐め回しながら、『舌を出せ』と嫌がる彼女にディープキスを強要し、『ダンナにやってるみたいに舐めろ』と、A子さんの口に自分の性器を突きつけた。撮影はしなかったものの、カメラも持っていたようです」
この冒頭陳述から、O・J被告が凌辱を楽しんでいた様子がうかがえる。
「さらに、今年4月にはオートロックマンションながら自室ドアの施錠をうっかり忘れたB子さん宅に侵入し、同様に縛り上げたあと、『カレシにやってるようにくわえろ』とB子さんの口を犯したうえで、レイプに及んでいる。部屋にあった現金55万円を奪い、『だれにも言うなよ』と言い残して部屋を去ったといいます」(前出・記者)
こうした検察側の追及に対し、黒いスーツ姿のO・J被告は不敵な表情のまま罪状の認否を留保した。15分ほどの公判中は終始一貫して黙秘の構えだったという。
「実は、9月に行われた初公判では、O・J被告がある芸能事務所に所属する女優に狙いを定め、テレビ局員の立場を利用して住居を突き止めて、留守中の女優の自宅マンションに繰り返し侵入。カギや写真などを盗んでいたことが明らかになっている。しかし、被告は2件の住居侵入と窃盗に関しては認めたが、肝心の婦女暴行については、検察の証拠開示が不十分という理由で、黙秘を続けています」(前出・記者)
ある司法担当記者は、
「被告が今後も黙秘を続けるようだと、検察側としては被害者を法廷で証言させなければならない事態になるかもしれない」
と顔を曇らせる。被害を訴えた女性にとって、これ以上、酷なことはない。しかも、O・J被告には余罪があると見られている。被告の住む目黒やその周辺で、今年だけで10件近い連続婦女暴行事件が頻発していたのだ。
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実は雑誌にも載らない事実がある。それは合鍵(錠前などをあける侵入のプロがいるらしく、侵入すると合鍵を作り、部屋などに盗聴器を仕掛ける)、麻酔剤などを使った、業界ぐるみの広範で膨大な数の性犯罪である(これにO・Jが関与していたかどうかは僕は知らない)。表に出れば、世界を長期に渡って揺るがすことになるこの凶悪な性犯罪は、多くの政官財人たちが黙認しているので(「スーパーフリー事件」─スーパーフリーの連中はこっちの事件には関係ないと思うが─における、何人かの政治家の問題発言は偶然ではないのだ)、捜査すらされない。つまり、なかったことにされ、しかも今現在も行われている!
■ スーパーフリー事件に関する発言
太田誠一衆議院議員は鹿児島県内の全日本私立幼稚園連合会主催の公開討論会で「集団レイプする人はまだ元気があっていい、正常に近い」と発言。
森元首相は「そんな所(レイプが行われた酒席)に来る女性も女性なんですけども」「子どもを1人も作らない女性が自由を謳歌して…年とって税金で面倒みなさいというのはおかしい」と発言。
福田官房長官は「女性にもいかにも『してくれ』っていうの、いるじゃない」「そういう格好しているほうが悪いんだ。男は黒豹なんだから、情状酌量ってこともあるんじゃないの」と記者とのオフ懇談会で発言。
新聞によれば小泉首相はこうした発言を表現の自由としている。
東京・赤坂の小学6年生4女児監禁事件のほうでは、鴻池祥肇防災担当相が衆院予算委員会の集中審議で、「少女4人も、加害者か被害者か分からない」と発言している。
この事件に関して、ジャーナリストの有田芳生氏は次のように書いている。
「赤坂界隈には政治家専用の売春クラブがあり、『ロリコンクラブ』がある。かいま見えたアンダーグラウンド世界の小さな穴も容疑者死亡で封じられるのだろう。」
また、同じくジャーナリストの勝谷誠彦氏は次のように書いている。
「(4女児監禁事件の犯人の)Yの父親は朝日新聞元警視庁キャップから西部本社社会部長を経て自殺した。警視庁キャップと言えば談合記者クラブの仕切り役であり警察とはズブズブ。そのことを根底においてこの事件は読み解こう。Yが久喜の自宅から少女の写真や名簿を棄てた時、清掃業者が届け出たのに埼玉県警は無視した。これは偶然なのかね。」
野中広務氏の『私は闘う』という著書には次のような興味深い一節がある。
「逓信委員会所属議員のヨーロッパ視察旅行があったが、ここで大変不愉快な思いもした。機内で酔っ払ったNHKの某副部長が私の座席のところに来て『委員長が腹くくってくれたら島会長は助かるじゃないですか』と背広の内ポケットの札束を見せて、『私は、委員長対策のためにここに三百万円持ってきているんです』と言い放ったのである。私は一喝して、視察旅行から帰ると公的な場で島氏の責任を問うようになった。」
この『委員長が腹くくってくれたら島会長は助かるじゃないですか』というのは、NHKのアメリカでの放送衛星BS-3Hの打ち上げで、NHK会長の島桂次氏が女性同伴で渡米して、打ち上げが失敗(二度続けての打ち上げ失敗であった)したその現場にすら居なかったことが明るみに出て追及されていた件のことである。
実は、野中広務氏は書いていないが、その時にNHKの副部長は三百万円の札束とともに、「女」も提示していたのだ。
米国の経済紙『Forbes』の現在日本支局長であるベンジャミン・フルフォード氏が、こう書いている。
「日本がアルゼンチン・タンゴを踊る日」ベンジャミン・フルフォード(2002.12.10刊)
Japan's Dirty Secrets
日本の汚れた”秘密”
(日本版タイトル「経済再生の足を引っ張る日本の黒い影」)
(Forbes,October 30,2000)
日本経済の不振は、さまざまな規制や株式市場低迷のせいだけでなく、政治に黒い影を落とす暴カ団などの存在にもその一因がある。政治腐敗を一掃しないと日本経済の再生も期待できない
高市早苗(39)は、ヤクザにつけ狙われたことがあった。手紙爆弾を送りつけられ、車のタイヤをパンクさせられ、車庫も荒らされたうえ、「殺す」とくり返し脅迫されたという。「10分ほど車を離れただけで、もうタイヤがパンクさせられており、そのために何度も高速道路で事故を起こしそうになった」と彼女は語る。
それにもかかわらず、警察は特別な身辺警護もしていないし、彼女は一般市民ではないのに、日本のマスコミがこのことに注目していないというのも不思議だ。彼女はテレビ・パーソナリティであり、与党・自民党の衆院議員である。「同じ党内のライバル議員がヤクザを雇っている、という情報を得た」と彼女は語る。
日本では、政治家へのこうした犯罪的ないやがらせ行為 criminal harassment は珍しいことではない。
…(略)…
いまのところ、保守派はメディア操作や選挙制度の変更、賄賂、脅迫などあらゆる手段を使って権力を維持しようと必死だ。
2000年6月の総選挙では自民党がかろうじて政権を維持したが、それは主として、地方の建設会社、ヤクザや農家などに税金を与える代わりに票をもらうという半封建制度 semi-feudal system に支えられた結果だった。地方の1票の価値は、大都市の票の5倍に匹敵することから、実際には少数の支持にもかかわらず、連立内閣は国会でしっかりと過半数を維持しているのだ。
公共事業にヤクザはつきもの
しかし、もっと深刻な問題がその根底にある。ある暴力団幹部が『Forbes』に語ってくれたところによれば、「自民党のみならず、民主党の一部も、選挙資金集めにヤクザを利用している」と言う。
…(略)…
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彼女は1987年〜89年に米国の連邦議会で勤務(金融・ビジネス立法を担当)していた頃、渡米してくる日本の国会議員の(かなりの大物もそこには含まれる)あまりの恥知らずな行動を諌めようと日本の週刊誌に寄稿したことがある。
彼らは米国の上下院議員のオフィスに来て、お土産と称してコンドームを手渡す。それも税金で購入してきたものだ。当然だが、上下院議員の多くはその行動に戸惑う。また視察で来ていながら、視察らしきことなどほとんどしない。有名な米国の議員に会うと、何か意見を交わすのでもなく、握手した写真を求める。日本に戻るとその写真を人に見せ、俺は彼と会って来た、と言って自慢する…等々。「恥かしいからやめていただきたい」という寄稿である。
さすがに僕も驚いたが、日本の議員のあいだなどでは、コンドームをお土産にする習慣があって、それは何かの催促なのかもしれないとふと思ったりしたものである。
『公明党・創価学会と日本』平野貞夫著(講談社 2005年06月27日刊)の「第一章 伯仲国会の権謀術数」の”マドリッドで娼婦を買った職員は”には次のような一節がある。
マドリッドで娼婦を買った職員は
しかしその後、野党対策はこの程度では済まなくなってくる。前尾議長の功績の一つに、次のことを挙げることができる。佐藤政権から田中政権にかけて、自民党による強行採決が続き、与野党の信頼関係が失われ国民の不信が高まっていた。これを前尾さんが正常化したのだ。その方策は、国会運営の責任者が諸外国の議会の現状を視察し、海外から日本の政治や政策を見て、日本の国会改革の参考にしようという「前尾議長構想」であった。
第一回目は昭和四八年九月に、前尾議長と各党国対委員長が議員団を編成し、デンマーク、スウェーデン、イギリス、スペイン、フランスを訪問した。共産党からも参加の予定であったが、病気を理由に不参加となった。「前尾議長構想」それ自体は大成功で、その後の国会改革に役立ったが、旅行の実態はたいへんなものであった。
イギリスとフランスは公式訪問なので、一日中公式行事が入り、遊ぶ暇はまったくなかった。そんなわけで、娼婦制度が残っていたスペインのマドリッドでは、それを楽しみにしている議員もいた。マドリットに到着した翌朝、朝食をしていると、社会党国対委員長が、「議長、今夜は平野君を解放してやってほしい。たくさんお金を持たして……」という。何のことかわからないので、昼頃、公明党の国対委員長に「どういう意味ですか」と相談すると、「日本で禁止されたことをするためだよ」という。
私は在外公館の職員にこっそりと連絡して、夜の一一時頃、前尾議長の話し相手に七〇歳を過ぎた民社党国対委員長だけを残し、大使館員が予約したクラブに出かけた。そこで各人が選んだ女性に、私がドル紙幣を渡すと、自民党の国対委員長は、病気除けの衛生用品を手渡たし、各人は女性といっしょに出ていった。行き先は近くのマンションで、そこに女性たちの部屋があった。私が最後にクラブを出て、マンションに行き、各議員が無事にホテルに帰ったことを確認。女性の部屋を出たのは、午前三時だった──。
この頃、スペインはまだフランコの独裁時代で、午後一〇時以降は表向き外出禁止だ。午前三時頃、街をうろついていると、銃を持った兵士が二人後をつけてくる。ホテルまで歩いて帰ったが、まるで護衛されているような気分がした。
帰国して困ったことが生じた。自民党国対委員長が世間話で、「平野君は女好きで、世話が上手だ」といいふらしたのだ。すると、国会対策関係者たちの中で、私を海外旅行の随行に指名する人が増え、非常に困惑した。
海外から日本のあるべき姿を考えるという「前尾議長構想」は、優れた発想だったが、日本国内で批判されていた野党対策を、海外でやれば成功するという、おかしな風潮ができ上がってしまった。表向き「政治倫理の確立」を叫びながら、海外ではこのざまである。こうして昭和五〇年代には、国会議員海外派遣費がどんどん増額されていく……。
議長班や議院運営班などの海外出張に私が随行するケースが増えた背景には、こんなことがあったのだ。
公明党の国会議員の多くは、信仰を持つため、国内では清廉潔白な生活が強いられていたせいか、海外では開放的になった。感謝された話を一つだけ紹介しておく。昭和五〇年代後半、山村新治郎議運委員長一行と、南米に旅行したときのことである。ブラジルのサンパウロで、議員団一同、羽根を伸ばしたが、偶然にも私の幼馴染みが現地の有名タレントで、彼が一部の議員に、女性を紹介してくれたのだ。翌朝、公明党の議運理事から、「糖尿病のせいで役に立たなかったが、一〇年ぶりの感激だった」と、手を握らんばかりに感謝されてしまった。
国会議員の海外派遣のすべてが、私の体験通りではない。真面目に勉強してくる議員もいるのは事実だ。しかし、これが昭和四〇年代後半から始まった「後期五五年体制」の、日本政治の実態であったことも事実である。私などはよく、ヨーロツパの主要都市の日本大使館職員から、国会議員の性格や好みの女性などを聞かれたものだ。また、小泉首相などは若かりし頃、パリの日本大使館で、大使が政治経済事情の説明を始めたにもかかわらず、女性事情の方ばかりに興味を示していたということで有名であった。
私が政治改革の断行がぜひ必要だと思った背景には、こういう体験があったのである。国会からの議員の海外派遣は、昭和五〇年代と比較すれば改善されてはいるが、基本的にいまでも予算消化の発想が残っている。本当に必要なことのために派遣するという原則に戻るべきである。
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このなかに出てくる公明党の議運理事とは、国会の議員会館で女性を襲い、裁判でも有罪となった次の公明党議員かもしれない…。
創価学会は犯罪者集団だ!!
http://www.toride.org/81/crime.htm
…(略)…
また、池田大作の色欲道の弟子として出色なのは、片上公人・元参議院議員です。平成七年二月二十日、当時参議院議員だった片上氏は、議員会館の部屋で、秘書の大崎優子さんに「肩を揉んでほしい」と言って近づき、いきなり抱きついてキスをしたあと、ソファーベッドに押し倒しました。
片上氏は、大崎さんの顔をなめ回した上、スカートの中に手を突っ込み、セーターをまくり上げて乳首に噛みつくなどしながら、「いまは糖尿病だからワシはできんが、一年後には治すから、その時は寝てくれ」と迫ったのです。大崎さんは、同年十一月、東京地方裁判所に提訴し、強制ワイセツにより被害を受けたとして、八百万円の損害賠償を請求しました。その結果、一審、二審、そして最高裁と、大崎さんの言い分が認められ、片上氏の破廉恥行為が事実であったと認定されました。
…(略)…
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『日本がアルゼンチン・タンゴを踊る日』から、もう少し引用しておく。
彼は「政・官・業・ヤクザの”鉄の四角形”iron square」と書いているが、メディアもそれに癒着していると指摘する。僕から言わせると、癒着というより、一員そのものである。
Gangsters linked to bad-loan morass
(ヤクザが不良債権の泥沼に関わっている)
(The Nikkei Weekly,1995)
…(略)…
「不良債権をどう処理していくかをいくら考えても、ヤクザに対してどう対処するかという戦略をもたなければ、日本の公的機関はヤクザに大金を与えているのと同じです」
…(略)…
先にも書いたように、住専には多数の大蔵省幹部が天下っていたから、これは彼らの救済措置以外の何物でもなかった。
1995年の暮れ、政府も大蔵省も、財政出動による住専処理策への世論の反発に立ち往生していた。実際に、日本のメディアの記者でさえ、「このまま行けば政権は持たない」と、私にささやく者もいたのだ。
しかし、検察の捜査は、融資の根本のところは無視して、末野興産のような末端に集中した。もし、このとき捜査が本道を進めば、融資に関わった大蔵宮僚たちは、次々に捜査対象になり、起訴 prosecution されただろう。そして、それは確実に自民党の大物政治家まで到達し、日本全体が浄化されたはずである。
そして、次の政権が国民に正直に不良債権の闇を語り、そのうえで税金を投入して金融システムを守ればよかったのである。お金を使うときは、必ずその本当の理由が明かされなければならない。
しかし、事情聴取されたのは、元大蔵省主計局次長の中島義雄だけだった。彼の疑惑は、融資にからんで1億2000万円の裏金を受け取っていたというものだったが、検察は立件を見送った。その理由は、「職務権限がない」というものであり、国税庁も「悪性が認定できない」という意味不明の発表をして、すべてはうやむやにされた。さらに、こうした捜査は、住専処理法案が衆議院を通過する2日前だったりと、政治日程を掩護射撃するように行われ、いずれも世論の圧力をかわす意図がミエミエだった。
こうして住専処理法は1996年6月18日に成立し、同年10月1日に管理機構が発足して、中坊公平という「正義の味方」が登場すると、この問題は人々の記憶から薄れていってしまった。しかし、ここで不思議なのは、この住専処理の管理機構に、民事には詳しくない多くの検事が派遣されたことだった。つまり、大蔵省も法務省も検察も上ではつながり、談合していたのだ。
日本の学校では、「日本は三権分立の民主国家」と教えているというが、それはウソである。また、日本のメディアは、「日本には政治家・官僚・財界という癒着構造がある」とよく言うが、それもウソである。日本にあるのは、たったひとつの権力であり、その癒着構造は「政・官・業の”鉄の三角形” iron triangle」ではなく、「政・官・業・ヤクザの”鉄の四角形” iron square」なのである。
不良債権処理よりヤクザを処理すべき
1996年の住専処理法により、日本が不良債権を処理することは、ほとんど不可能になった。翌年、日本の金融機関は次々に破綻し始め、「大手20行は潰さない」という政府の国際公約は反故にされ、北海道拓殖銀行、山一証券が潰れた。ゼネコンも持ちこたえられなくなり、東海興業、多田建設、大都工業らが潰れた。そして、1998年には日本は金融恐慌の一歩手前まで追いつめられ、長銀、日債銀が潰れ、銀行救済のための預金保険機構の金も底をついた。こうして、公的資金の銀行への注入が始まり、さらに小渕内閣の国債連発、大借金財政によって、もはや日本は先進国としては例のない不良債権大国となったのである。
2002年9月、小泉首相は日朝首脳会談前に渡米して、ブッシュ大統領と会談したが、またも「不良債権の処理を早急に進める」と約束した。さらにその後の内閣改造では柳沢金融担当大臣を更迭し、「よりいっそう不良債権処理を早める」と宣言した。しかし、これは、歴代の日本の総理大臣が何度もくり返してきたことであり、小泉自身も就任時に国民に約束したことだった。
なぜ日本の官僚や政治家は、国民が危機に瀕しているというのに、すべてを先送りし、なんの手も打たないのか?
もうここまで書けばわかってもらえると思うが、そんなことをしたら、自分の首を絞めるからだろう。つまり、不良債権を本当に処理すれば、過去にどのように自分が闇社会とつながってきたか、すべてが明らかになってしまう。どのようにヤクザの力を借りて、危ない道を歩いてきたのかがバレてしまう。
ならば、その額がどんなに巨額であろうと、フタをするしかない。金融機関が倒産しそうになれば、税金をつぎ込んでもフタをし、倒産を先送りするのが、彼らにとって生き残る道なのだ。ハッキリ言って、これで得をするのはヤクザとそれに絡んだ支配層だけ。国民は一方的に損をするのだ。
経済問題というと、一般の人は難しい問題だと考える。それは、一流の経済学者や東大卒の憂秀な官僚が知恵を絞ってもなかなか解決できない問題だと考える。しかし、それは間違いだ。日本の不良債権の問題は、誰でもわかる簡単な問題なのだ。なぜなら、それはヤクザ問題にすぎないからだ。
これまでくり返されてきた過ちは、これをメディアがハッキリと言わなかったことにある。もし、日本のメディアが勇気を持ってこれを国民に伝えていたら、もう不良債権の処理は終わっていたかもしれない。
…(略)…
1991年、バブル経済の崩壊が明らかになったとき、私は不良債権がどれほど発生しているのかと関係者に聞いて回った。日本銀行や大蔵省の幹部などを取材して歩いた。政治家にも話を聞いた。そうして出てきた数字は、驚くなかれ約200兆円だった。「金融機関の貸出総額から実際の資産の総額を引くと、ほぼこうなる」と、ある関係者は言ったのだ。これは、いま言われている不良債権の額と変わらない。そこで私は、ではなぜ早急に対策を講じないのかと聞くと、返ってきた答えは誰もほぼ同じだった。
「景気はいずれ回復する。いまは我慢していればいい。そうすればやがて不良債権もなくなる。あのオイルショックのときだって、われわれは我慢した。国民に節約を呼びかけ、我慢した。そして乗りきった。だから、待てばいい」
しかし、景気は10年以上回復せず、その間、政府は問題が顕在化しそうになるとフタをするだけで、ただ待ち続けてきた。そして、その間に日本の腐敗はどんどん深くなっていったのだ。
Japan's Underground Society
日本の裏社会
公共事業がヤクザを潤している
日本には、厳然たる裏社会が存在する。その裏社会は巧みに表社会とつながり、その存在を一般に知られないように、いつも暗躍している。
私は、『Forbes』誌の記者となってからも、この問題を書き続けた。
ここ2、3年、日本では公共事業が世論の批判を浴びることが多くなった。その代表的な例は道路公団だが、論議はなぜか公団を民営化することだけに終始し、本質的な論議がまったくなされていないから、不思議だ。道路公団の民営化論議は、じつは抵抗勢力と呼ばれる自民党の建設族に流れる闇の資金をカットすることが目的でなければならない。この利権構造が、じつは不良憤権の闇につながっている。道路公団が抱える巨額な赤字がなぜ発生したのか、そのことを解明しないで、どうして民営化ができるのだろう?
公共事業には、ほとんどのケースでヤクザがからんでいる。この関係を断ち切らなければ、たとえ道路公団を民営化しても、税金は闇に消えていくだけである。
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彼は1996年まで日経新聞にいたのだが、記事に圧力がかかったり、編集局長に「もうこの問題についての記事は書かないでほしい」と、はっきり宣告されたりして、『問題の本質を書かないで、ただ起こったことだけを書く。背景にはふれない。また、取材もしてはいけないとなれば、私はなにを書けばいいのだろう。このとき、私の希望は完全に崩れ去った。そして、この国に抱いていた思いも裏切られたような気がして…』日経新聞を辞めている。
■ テレビ朝日社員の連続婦女暴行事件が発覚した当時の「ZAKZAKメルマガ」の記事
あのレイプ魔にヤラレた? 業界の騒然… (ZAKZAKメルマガ)
独り暮らしの若い女性をねらい、強姦や強盗を重ね、逮捕されたテレビ朝日元社員のO・J容疑者(40)。
その手口は、「寝ている女性にナイフを突きつけ、自由を奪った上で強姦。そしてそれを写真やビデオに撮って、通報できないようにした」(捜査関係者)というもの。
容疑者はテレビ局員だけに、「タレントや女子アナも被害に遭った…」というウワサが絶えず、ネットの掲示板では若手女性タレントの実名を挙げた無責任な書き込みもあるのだが、実際のところはどうなのか。
「社内はこの一件でシュンとしているし、女子社員に被害を受けた者がいないか、ということを表だっては聞けません。ただ、女子アナの場合、絶えずストーカーまがいの熱心なファンがいるから、住所を知り得るO・Jが何かをしたとしても不思議はない…」とはテレ朝関係者。
「まあ、万が一、女子社員が被害に遭っていたとしても、下のほうまでは分からない…」とこの関係者もそこで口をつぐむ状態だ。
O・Jが出没していた東京・目黒、渋谷、世田谷区では今年1月以降、高級マンションに住む若い女性がレイプされる事件が14−15件発生。いずれも芸能人やテレビ局関係者が好んで住むエリアだ。
「具体的にアナウンサーやタレントの名前を出して、犯された…という話や、テレ朝にレイプ魔組織がある…などの“都市伝説”も生まれている」(民放関係者)というのだ。
コトの真相は、今後法廷などで明らかにされるだろうが、「今まで以上に、タレントのセキュリティに気を使わなくてはいけない。本当に物騒な世の中ですよ…」(女性タレントを多数抱えるプロダクション関係者)というため息は消えそうもない。
■ 似たような事件
NHKレイプディレクター事件 2002年4月17日
部下の女性宅に侵入し乱暴しようとしたとして、女性暴行未遂罪などに問われた元NHK大阪放送局編成部チーフディレクターN・Y(54)=大阪府枚方市=の判決公判が十七日、神戸地裁尼崎支部であった。
鈴木正義裁判長は「異常なストーカー的犯行で、被害者のショックは大きい」として、懲役二年六月(求刑懲役三年六月)を言い渡した。
判決によると、Nは昨年八月十五日、NHKでアルバイトをしていた西宮市内の女性の自宅マンションに、不正に入手した合鍵で侵入。五日後にも侵入して室内で待ち伏せし、帰宅した女性を「騒ぐな、殺すぞ」などと脅して首を絞め、乱暴しようとした。
被告側は起訴事実を認めた上で、Nが犯行当時、そううつ病と診断され、不安定な精神状態にあったとして減軽を求めたが、鈴木裁判長は「犯行は被告の性格に基づくもの」とした。
Nには妻子がいる。局内では「セクハラオヤジで有名で、女性に次々と声をかけていた」という。
アルバイト女性にもチャレンジしたが、あっさりと断られ、犯行を思いついたという単純かつ凶暴な男だった。
判決文によると、「(昼休みに)『留守番をするから』と善意を装って被害者らを昼食に出向かせ、そのスキにカバンの中にあった鍵を盗み、鍵屋に赴いて合鍵を作っ」た。
そして「その日のうちに職場を抜け出して被害者のマンションに侵入。室内の様子を手帳に書きとめ」た。
それから5日後、いよいよ強姦計画を実行に移す日がやってきたが、その準備が悪質かつ周到。
「指紋付着防止の手袋、顔を隠すパンティストッキング、首を絞めるための同軸ケーブル、被害届を断念させるためのビデオカメラ、性交に供するバイブレーターを準備」したうえで、被害者宅に侵入。
「酒を飲んで犯行の意欲を高め」、パンストをかぶって待機、「帰宅した被害者の背後から襲いかかり、首を絞めるなどの暴行を加えた」
マスコミ関係者の不祥事だが、仲間の犯行にテレビは沈黙を守っている。
■ 創価学会 二つの「レインボー」と池田大作のレイプ事件
・蓮池・地村さん「子供帰国」:謎の仕掛け人”小坂事務局長”NGOの正体
・麻酔を使い性犯罪を行う創価学会員地区幹部の整形外科医
・池田大作レイプ事件
・『闇の永田町キングメーカー池田大作の全体主義政権づくりに向けた権力欲』
■ 小泉純一郎も?
「小泉首相が三十年前に起こした不祥事と留学経歴の真相」とは… より
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政治家が隠蔽する不祥事を追及しないメディアの怠慢
藤原 小串さんはパリを始め世界各地で仕事をして、三井物産の総支配人を歴任して来たお蔭で、海外の日本人社会の裏話に詳しいと思うが、親が財界や政界の有力者である子供たちの中に、変わり種に属す者がいたのを御存じでしょう。色んな形で不祥事やスキャンダルを起こして、ほとぼりが冷めるのを暫く待つ目的で、留学の名目で外国に出てきた例がかなり多く、それを身近に知っていると思うのです。私が留学したグルノーブルの場合でも、変な行動をして妙な噂を持つ人がいたので、パリの場合は世界の流れ者の吹き溜まりだから、そんなケースも多かったのではないですか。
小串 秘書と駆け落ちして来た政治家の娘とか、ヤクザに騙された売れっ子の女優を始め、傷害で海外逃亡中の大会杜の社長の息子や、刑務所代わりにパリにいる閣僚の御曹子など、商売柄いろんな話を腐るほど聞いています。もっとも、ちゃんと勉強している留学生も随分いて、当峙の日本人は真面目な人が多かったが、流石にパリは別天地と言われているだけに、中に指名手配の人も混じっていたでしょうな。
藤原 今回の訪日で昔の経歴を知ったせいで、三十年あまり前の話で思い当たることがあり、読者の新聞記者に過去を調べてもらい、確証を得た実に興味深い話があるのです。パリで一緒に食事をした人の話の中に、閣僚の息子で婦女暴行で捕まった男が、留学という名目でロンドンに来ており、余り勉強もしていないと言うのです。防衛庁だか自治庁だか記憶にないのだが、大した役所ではなかったことは確かで、今回の訪日で小泉首相が三十年前にロンドンに留学し、親父が防衛庁長官だったと知りました。この線は何か臭いと直観的に感じましたが、小泉も橋本龍太郎と同じ慶応ボーイだし、政治家の二世や三世だという点で、尻癖が悪くても不思議ではないです。
小串 婦女暴行罪で警察沙汰になったとすれば、そう簡単に済むことではありませんが、パリには男女問題で逃避している人は多かったし、オランダ人の女学生の肉を食べたために、国際問題を起こした留学生もいました。だから、婦女暴行や強姦ていどの猟奇事件は、人の噂も七十五日という程度のことで済み、これはパリもロンドンも同じでしょうな。
藤原 でも、万が一にそれが小泉純一郎の過去だったら、フィーリングを売り物に女性の人気を集め、高い内閣支持率を集めている偽善は、糾弾されて然るべきだと思います。そこで親しい新聞記者に糾弾の可能性を聞いたら、ある新聞社が調査したという話ですが、警察のガードが予想以上に固いために、非常に難渋していると言うのです。
小串 最近の日本のメディアは全く無気力で、痛快なスキャンダルの発掘をしないために、私もいささか退屈しているところであり、この閉塞感を吹き飛ばして欲しいですな。
藤原 今の日本は司法界が腰抜けであるために、「噂の真相」が森首相の売春防止法違反を追い、警視庁に検挙された過去について調べ、犯歴番号や指紋番号まで報道したのに、警察は保有情報の公開を拒絶しました。お蔭で噂の真相社は名誉棄損の裁判に負け、東京地裁から和解と罰金を申し渡されたが、東京高裁に控訴して戦うようです。
小串 しかし、首相になった人が破廉恥罪で検挙歴を持ち、警察にはっきり記録が残っているのに、圧力をかけ情報の隠蔽をしただけでなく、逆に名誉棄損で訴えたというのは、盗人たけだけしいと呆れ果ててしまうね。全く道理に合わない不将な行為だのに、日本の新聞や雑誌は事件の真相を追及して、こんな人物を首相にした責任を問い、狂っている日本の政治の姿を明らかにして、国民の審判を問わないのか不思議です。
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■ 元通産省官僚だった評論家は「首都機能移転」の必要性を、東京では接待の誘惑が多いという意外な理由に帰していた。
いったいどんな接待が行われてきたのか…
『政・財 腐食の100年』 (日刊ゲンダイ)
──明治・大正・昭和の裏面史──
三好徹(稿)
1931年東京生まれ。読売新聞記者を経て作家となり、66年「風塵地帯」で推理作家協会賞、67年「聖少女」で第58回直木賞を受賞。「チェ・ゲバラ伝」「幕末水滸伝」「三国志外伝」などの歴史小説をはじめ推理小説、サスペンスなど幅広いジャンルで活躍している。
■元勲たちと死の商人
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板垣退助を何のために柳橋に招待するのか、本当は後藤だって見当はついていたが、わざと「何のために?」と質問したのだ。
「九十九商会が国有化されて帳簿を調べられますと、長崎時代の俗事がすべてつかまれてしまいます」
と岩崎はいった。後藤に対しては、高知在住の保守派から「京、長崎において公事に託して遊興の事」の山内容堂(15代土佐藩主)あて告発状が出たことがあった。俗事とは遊興や不行跡の意昧であり、それが公になったら、岩崎も困るが、後藤はもっと困る。さらに、岩崎の返事は廃藩置県の計画をつかんでいることも暗示しているのだ。
後藤は苦笑して、板垣を連れて行くことを約束した。板垣は金銭に淡泊だった。新政府の大官たちは大邸宅に住み、召使を数十人も雇って幕藩時代の大名のように暮らす者が多かったが、板垣は土佐藩邸の一室で起居していた。晩年に至っても、板垣の財産は高知市内の200坪の家屋敷と趣味の100頭の猟犬だけだといわれた。
板垣のそういう性格を知っている後藤は、岩崎の接待攻勢も通じないだろう、と予測していたが、この招宴のあと、板垣が休息所を持つ、といい出した。休息所とは妾宅のことである。
岩崎が宴席に呼んだのは小清(本名せい)という柳橋きっての美妓で、このとき17歳。5尺そこそこの小柄な女性だが、板垣は自分に酌をする小清を見て思わず息をのんだ。
もとより岩崎はそれを見逃さなかった。
板垣退助も丸め込んで九十九商会はスンナリ岩崎弥太郎の手に
板垣退助には、高知に正妻の鈴がおり、ほかに政野という弘化元年(1844年)生まれの28歳の権妻(めかけ)が高知郊外の九反田にいる。彼がとくに好色というわけではなく、この時代の上層の武家階級では、妾宅を持つのはこく普通のことだった。板垣などはむしろ堅ブツの方だったかもしれないが、岩崎弥太郎の狙いは的中した。35歳の板垣は、安政2年(1855年)生まれの17歳の柳橋芸者・小清(本名せい)に心を奪われてしまった。
こうした女性たちの年齢や本名がわかるのは、実は明治4年4月制定の戸籍法によって、正妻のほかに権妻も出生地や生年の届けを出すことに定められ、その記録が残ったからである。戸籍法はそのあとの学制や徴兵制のための前段階の新法だったが、同時にこういう副産物をもたらした。ただし、権妻条項は、具合が悪いと感じた政治家たちによって程なく削除された。
また、岩崎は柳橋や新橋のきれいどころを写真に撮って秘蔵していた。数百人分あったという説もある。何も趣昧で写真を集めたわけではなく、威張ラセル飲マセル抱カセルの岩崎流の商策にとって必要だからなのである。
岩崎は板垣にすすめて小清を落籍させた。余談だが、彼女は明治7年9月にほんの3日間寝込んだのちに亡くなった。20歳の短い人生だった。自由民権の闘士板垣の嘆きぶりは、見るものの目を覆わしめたという。そのあと板垣は権妻を持つことなく、浜町に家を買って高知から家族を呼び寄せた。
そのことはともかく、九十九商会を岩崎に払い下げる一件については、とくに異議を唱える声はなく、海運、製糸、特産品の販売などの商権が岩崎のものとなった。また、フランス製の製糸機械と付帯設備3万円相当を30年の年賦にしてもらったことも、彼の辣腕ぶりを示している。
明治6年3月、岩崎は屋号を三菱商会と改め、家紋の三階菱と山内家の三ツ柏紋を分解合成したマークを作った。もともとは所有の船の船旗用にデザインしたものだが、書類その他にも用いた。
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三菱商会つまり岩崎弥太郎に対する政府のあまりにも過大な恩典は、岩崎流の猛烈なごちそう商法のおかげであったことは確かである。
この頃の岩崎は、社員の誰よりも早く出社し、社員が社長室に置いてある出勤簿に捺印するのを確認した。そのあと、、各部門について社員に指示を与えてから外出。市場の景況、商店の動静を視察して11時頃に帰宅して昼食。そのあと外国人居留地(築地)へ行って外国商人を訪問ないしは商談。午後2時頃には会社へ戻って、朝に下した指示の実行ぶりを確認する。もし、思ったほどに進行していなかったら大声で叱咤し、それが一段落すると、要路の高官を招待してある妓楼へ赴き、酒席の間に政府の次の動きをさぐり、ときには徹底的に頭を下げ、場合によっては威嚇的な言葉をつらねる。これが岩崎の日課であった。
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